地理と地域旅行記
偉人の町 水沢
制作:千本桜 歌麿
設置日:2018.10.15
E-mail:tiritotiiki@gmail.com
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水沢へ
 江戸時代後期の蘭学者 高野長英、その甥の子で後に東京市長となる後藤新平、そして後藤新平の1つ年下で第30代内閣総理大臣となった斎藤實の足跡を訪ねて岩手県奥州市の水沢へ行ってきました。水沢は一関、北上、花巻と激しい都市間競争を展開する商業都市だが、幕末維新には幾人もの偉人を輩出した魅力的な町でもある。同行者は後藤新平に造詣の深い大河原町文化財友の会の佐々木守伸会長です。
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高野長英記念館
 まず、高野長英記念館へ。記念館は中心街の南に広がる水沢公園の一角にある。春は桜の花見客でにぎわう公園も今は季節外れで人影もなく、小雨がぱらついている。記念館には観光スポットの華やかさはなく、静かで落ちついた雰囲気が漂う。鎖国を批判して開国を説き、弾圧されて死亡した高野長英の生涯を学芸員が熱心に説明してくれた。記念館見学後は同じ公園内に鎮座する駒形神社を参拝して街へ出る。
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高野長英旧宅
 水沢の中心街は江戸期に宿場が置かれた奥州街道沿いの町並みと駅前通りだが、今回の旅の目的地はその西側に広がる旧武家町にある。駒形神社から北へ500メートルほど進んで高野長英旧宅へ。ここは高野長英が幼少のころ過ごした旧宅で、国指定史跡になっている。ただし、個人宅のため屋内は非公開。そのすぐ隣にも国指定重要文化財の武家屋敷 高橋家が建っているが、こちらも個人宅のため非公開。
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後藤新平記念館
 さらに、北へ500メートルほど行くと後藤新平記念館へ到着。周辺には市役所、県の合同庁舎、裁判所などが立地している。この記念館も観光施設というより、地元に密着した資料館の佇まいをしている。ここの学芸員もすばらしい学芸員で、手の付けられないガキ大将 後藤新平の生涯と功績を、柔らかな口調で丁寧に説明してくれた。後藤新平は医師、長官、総裁、大臣、市長、学長など色々な肩書きを持つが、スケールの大きな計画を立てる都市計画家でもあった。
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老舗料亭 西京庵
 腹が空いてきたので昼食。後藤新平記念館から徒歩3分の老舗料亭 西京庵に入店。畳敷きに椅子テーブルを置いた個室へ案内される。この年齢になると畳に直に座るのが苦痛なので、椅子テーブルは大変ありがたい。西京庵はうなぎ料理で有名なのだが、今回は人気メニューの釜めしらんち膳を注文。ご飯は水沢特産品の南部鉄器釜で炊き上げてある。品のある落ちついた部屋で食事をしながら、城下町水沢に蓄積された歴史の厚みを噛みしめた。
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吉小路
 昼食を済ませ、吉小路(きちこうじ)へ進入。この吉小路こそ、偉人を輩出した水沢の神髄である。まず、今は武家住宅資料館として公開されている内田家旧宅へ。その斜め向かいは後藤新平の生家で、茅葺屋根の主屋が一般公開されている。そこから徒歩1分の所には、昭和に内閣官房長官や副総裁を歴任した明治生まれの政治家 椎名悦三郎の生家跡がある。ちなみに、椎名悦三郎は後藤新平の甥にあたる。さらに、そこから徒歩1分で後藤新平の大叔父にあたる高野長英の生誕地に着く。高野長英生誕地は公園として整備されている。この狭いエリアに、江戸後期から昭和にかけての歴史が濃密に詰まっている魅力的な吉小路であるが、これだけでは終わらない。
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斎藤實記念館
 高野長英生誕地から徒歩3分。吉小路のどん詰まりに、第30代内閣総理大臣となった斎藤實の記念館と生家がある。小雨の中、記念館はひっそり佇んでいる。こちらの学芸員も熱心で、斎藤實の人柄や、二・二六事件の凶弾に撃たれて散った彼の人生を丁寧に説明してくれた。ちなみに、斎藤實は後藤新平の1つ年下で、子供のころ、温厚な斎藤實はガキ大将の後藤新平にいじめられていたそうです。それほど大きな都市でもないのに幾人もの偉人を輩出した水沢は、もっと世に知られてよい都市だと思います。もう一人付け加えると、総理大臣になれそうでなれないままに失速した感がある小沢一郎も、水沢の小・中学校を卒業して水沢に事務所を構える水沢の人である。
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箕作省吾・山崎為徳先生碑
 さらに、江戸時代後期の地理学者・箕作省吾や明治初期の神学者・山崎為徳も水沢の人だ。箕作省吾は日本初の世界地図である新製輿地全図と、その解説書で西洋地理書の坤輿図識を著し、吉田松陰ら幕末の志士に大きな影響を与えたとされるが、結核にかかり26歳でこの世を去っている。また、山崎為徳は同志社英学校で学び、開校以来の俊才と言われ、同志社大学を創設した新島襄は山崎を自分の後継者として嘱望していたと伝えられているが、山崎も結核のため24歳の若さで夭逝している。後藤新平記念館から徒歩2分の乙女川親水公園には両先生を称える「箕作省吾・山崎為徳先生碑」が建っているが、今回は先を急ぐので立ち寄らずに江刺の岩谷堂を目指した。
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江刺岩谷堂へ
 水沢から県道8号線を走行して江刺へ向かう。道路は広々した4車線。とても走りやすい。10分ほどで江刺の中心・岩谷堂に差しかかった。素通りするのは勿体ないので、町の中を車で一周。町並みウォッチングだ。水沢に比べれば小規模な市街地だが、街路が良く整備されていて奇麗に見える。中町、川原町、六日町などの中心街も商業活動は低迷しているだろうに、街路が立派でゆとりが感じられる。岩谷堂で最も美しい街路は、延長220メートルの歩行者専用道路「蔵まちモール」だろう。歴史ある蔵が点在し、レトロムードの石畳や街灯が整備され、散策や買い物が楽しめる観光スポットとなっている。岩谷堂はゆとりのある街路と白壁が印象に残る街だった。
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旧日本陸海軍博物館
 岩谷堂の中心街から東へ2キロ、向山団地の住宅街に「平和ミュージアム旧日本陸海軍博物館」という名の私設博物館がある。外観は普通の民家で、土日のみ開館という風変わりな博物館だ。この博物館は、館長の八重樫さんが長年にわたり蒐集してきた旧日本陸海軍の軍装と関連展示物を一般に公開し、歴史の保存と平和への想いを新たにする場として設けられている。なんともマニアックな博物館だが、多趣味の佐々木会長は軍事の知識も豊富で、博物館の館長や主任研究員と話が弾んでいる。しかし、日帰りの旅なので、そろそろ帰らなければならない。尽きない会話に後ろ髪を引かれる思いでミュージアムを後にし、東北自動車道へと車を走らせた。

(地図:Illustrator)

旅行:2018年7月
執筆:2018年10月
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