地理と地域旅行記
追憶の鳥取砂丘
制作:千本桜 歌麿 
設置日:2022.7.10
E-mail:tiritotiiki@gmail.com
写真
 忘れかけてた古い写真に出くわした。お! 懐かしい。これは鳥取砂丘じゃないか。まだ髪がふさふさしていた頃の自分が、写真の中からこっちを見ている。なんで今ごろ出てきたんだよ。鳥取砂丘へ行ったのは昭和44年(1969年)のことだから、ずいぶん昔の話になる。京都府の福知山市を流れる由良川の河川敷で野宿した。由良川は三国岳に源を発し、若狭湾に注ぐ一級水系の本流である。
 次の日、国道9号を西へ走って兵庫県に進入。人口1万5千の和田山町は、朝来郡の行政や商業の中心地で、街並みも賑やか。国鉄山陰本線の和田山駅からは播但線が分岐して、美しいお城のある姫路駅までのびている。人口1万3千の八鹿町は、養父郡の行政や商業の中心地。過小評価していたが、意外と活気のある街並みだった。八鹿という町名は、仙台藩や宇和島藩に伝わる八ツ鹿踊りを連想させるが、無関係のようである。それにしても、養父郡八鹿町(やぶぐんようかちょう)って難読だな。
 江戸時代の陣屋町から発展し、明治時代には美方郡の郡役所が置かれた村岡町を通り抜け、つづら折りの坂道を登って春来峠を越えた。あの頃はまだ春来トンネルができておらず、国道9号では最もきつい峠越えだったような気がする。峠を越えて美方郡温泉町の湯村温泉へ。湯村は山あいに開けた静かな温泉場。赤瓦の家並みが記憶に残ります。この湯村温泉は後に、テレビドラマ「夢千代日記」のロケ地として脚光をあびるのだが、当時はそんなことになろうとは知る由もなかった。
 夢千代日記の主役は吉永小百合だが、脇を固める俳優たちも素晴らしかった。秋吉久美子に樹木希林、緑魔子。みんな個性的。ドラマの中で生き生きしていた。さらに良かったのが、加藤治子と佐々木すみ江のベテランさん。渋くていいですね。佐々木すみ江が出てくると、ドラマが締まって現実味を帯びてくる。まるで極上のスパイス。それは、劇団で磨いた演技力のたまものだろう。
 また1つ、峠を越えて鳥取県に進入。峠の名は蒲生峠と言う。自転車で走るには辛い峠道だった。今は蒲生トンネルができたので、山越えも楽になったようである。峠を下れば、そこは岩美郡岩美町。国道9号は蒲生川に沿って走り、中流域で岩井温泉街を通過する。岩井温泉はこの地方で最古の温泉だとか。木造の古い旅館もあったが、歓楽的な観光地の雰囲気はなく、宿場を起源とする普通の町に見えた。
 蒲生川は兵庫県との県境付近より流れ出て、日本海に注ぐ二級河川である。岩美町本庄の蒲生川河川敷。寝心地が良さそう。近くには集落の人家もあって何かと便利そう。今夜の野宿は、この河川敷に決定。飯盒でインスタント焼きそばをこしらえて夕食とする。当日の走行距離128.7キロメートル。夜はトランジスタラジオから流れる歌謡番組を聴いて寝るだけ。蚊がうるさい。
 翌日、朝食もとらずに出発。今日は鳥取市の市街地を観るのがメインだが、その前に立ち寄りたい場所がある。鳥取砂丘だ。鳥取砂丘に着くと、すでに何人も先客がいて砂の上を歩いている。ただ黙々と歩く人の姿が、砂の上に点在している。それだけのことなのに、なぜか胸を打たれてじんとくる。みんなどこに向かって歩いて行くのだろう。何を求めて歩いて行くのだろう。自分は、旅の終わりのその先に何があるかも知らず、飛び込んでくる風景を目に焼き付けながら走り続けるだけ。振り返れば、先の見えない青春の真っ只中だった。

旅行:1969年7月
執筆:2022年7月10日
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