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このページは千本桜歌麿が任意で作成しました。「旅行記」とうたっていますが、文章よりも写真を主体とした「旅のアルバム」です。福寿会のみなさんに旅の思い出を楽しんでいただけたなら幸いです。
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旅行コース
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金ヶ瀬上町福寿会(かながせかみまちふくじゅかい)は令和5年10月29、30日の2日間にわたり、移動研修会を実施しました。参加者は18名。研修先は山元町の震災遺構中浜小学校および相馬市の松川浦です。午前10時、ホテルの送迎バスで金ヶ瀬を出発。角田経由で中浜小学校へ。中浜小学校は平成25年に坂元小学校と統合して閉校しましたが、山元町は被災した校舎の保存・活用を決定。 大津波の痕跡をできる限り残したまま整備し、震災遺構として公開しています。
中浜小学校の次は、新地町を通って松川浦へ。松川浦は小島が点在する様子から、日本三景の松島になぞらえて「小松島」とも評されます。バスは松川浦をぐるりと一周。松川浦大橋・大洲海岸・磯部・岩子をめぐって12時25分、「ホテルみなとや」に到着しました。ホテルで昼食をいただいた後は夕食まで自由時間。私は松川浦大橋を渡り、外洋に面した新漁港・カゲスカ海岸・鵜ノ尾岬を散策。その後、漁港に面した松川浦の街並みをブラブラしました。 翌日は見事な快晴。青空が気持ち良い。9時にホテルを出発。相馬復興市民市場「浜の駅松川浦」で買い物。津波と原発事故の風評被害で賑わいをなくした松川浦に、再び活気を取り戻すために創られたのが相馬復興市民市場。「浜の駅松川浦」はその愛称です。帰路は「道の駅かくだ」に立ち寄り、トイレ休憩。11時、無事金ヶ瀬に帰着しました。送迎バスを運転してくれた「ホテルみなとや」の若女将さん、ありがとう! |
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金ヶ瀬を出発
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10月29日の10時。「ホテルみなとや」の送迎バスは、大高山神社前から11名、駐在所前から7名、計18名の会員を乗せて大河原町金ヶ瀬を出発。コロナ感染が心配なので、マスクを付けての研修旅行です。
バスはこの先、角田市域に入り、角田橋で阿武隈川を渡り、角田山元トンネルで阿武隈高地を突き抜け、山元町の震災遺構中浜小学校を目指して走ります。 |
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震災遺構中浜小学校 到着
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10時45分、震災遺構中浜小学校に到着。2011年3月11日、東日本大震災発生。山元町の中浜集落も大津波にのまれ、中浜小学校の校舎を残して家屋は全て流出しました。
中浜小学校の校舎は宮城県南部で唯一残った震災被災建築物です。山元町はこの校舎を震災の教訓を伝えるための遺構として、2020年9月から一般公開しています。入館券を購入して旧校舎内に入ります。 |
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震災遺構中浜小学校 旧図書室
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旧校舎の1階は津波被災の痕跡を見ることができる見学通路になっています。次に2階の旧図書室へ誘導されます。この部屋には集落のジオラマと中浜小学校の模型が置いてあります。
震災前、中浜小学校の校区には2つの集落、中浜と磯がありました。若い頃、磯浜で海水浴場をしたことを思い出す。美しい海水浴場だったが、砂浜は大津波にえぐり取られたかもしれない。あの美しい磯浜海水浴場が蘇る日はあるのだろうか。 |
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震災遺構中浜小学校 旧音楽室
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旧図書室から旧音楽室へ誘導されます。旧音楽室は比較的浸水被害が少なかったため、壁などはそのまま使用しているとのこと。ここでは展示の他、当時を振り返る映像プログラムの上映も行われています。
震災遺構中浜小学校プロモーション映像を貼りますのでどうぞご覧ください。 震災遺構中浜小学校←ここをクリック・タップすると大津波に襲われた中浜小学校の動画が映し出されます。 |
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震災遺構中浜小学校 屋上
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2階の旧音楽室で震災映像を観たあとは、狭くて急な階段を登り、屋上へ上がります。あの日、児童たちは襲いくる恐怖の中、この階段をよじのぼって避難したのですね。
震災前の中浜地区には311世帯、950人が暮らしていましたが、震災で135名が亡くなり、家屋は全滅しました。会員たちが屋上から海を眺めています。海岸までは400m。その間、家屋は1つもなく荒地が広がるばかりです。 |
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震災遺構中浜小学校 屋根裏部屋
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震災当時の中浜小学校は在籍児童59名、職員数14名。あの日、津波に襲われ1階部分は壊滅状態。津波は2階の天井まで達しました。
地域住民を含む90名は屋上の屋根裏部屋に避難し、奇跡的に全員助かりました。いくつかの幸運が重なったようですが、これは「中浜小学校の奇跡」として後世に語り継がれて行くことでしょう。 |
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震災遺構中浜小学校 記念撮影
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震災遺構中浜小学校を見学すると、あまりの悲惨さに気が重くなるかもしれません。でも、震災の恐ろしさと教訓は語り継いで行きましょう。ここで気分転換。金ヶ瀬上町福寿会が中浜小学校を見学した証として、全員集合の記念写真を撮りますよ〜。
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車窓から眺める大戸浜
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バスは宮城県から福島県に入り、新地町の大戸浜を走っています。窓の左手に太平洋。走行中のバスから撮影するのは難しく、すぐにシャッターチャンスを逃してしまいます。お! でっかい波がきました。チャンス、チャンス!
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ホテルみなとや
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若女将の計らいでバスは松川浦を一周。松川浦大橋・大洲海岸・磯部・岩子をぐるりと回って12時25分、「ホテルみなとや」にチェックイン。石川さゆりが唄う♪「ホテル港や」とは関係がないらしい。
客室数は14部屋の小さな旅館ですが、5階建てのため実態より大きく見えます。ホテルの前は松川浦漁港。松川浦は小さな港町。海のムードに浸れるホテルです。 |
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昼食
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チェックインしてすぐ昼食。昼食はホテルの2階で「きつねうどん」をご馳走になりました。これはホテルの無料サービスなんだとか。
昼食のあとは夕食までまだまだ時間がある。それぞれ自由行動になるのだが、どのようにして時間を潰そうか。窓の外には松川浦が広がり、港には小型の漁船が係留している。久しぶりに松川浦の漁港付近をブラついてみようか。 |
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松川浦漁港
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昼食後は一人で港の周辺を歩きました。岸壁には数え切れないほどの船が所狭しと並んでいます。内陸部に住む者には非日常的な風景でエキゾチック!
松川浦の思い出は「浜焼き」。 大震災の前までは各旅館の軒先で魚や貝を焼いていて、香ばしい匂いが辺り一帯に漂っていた。そんな昔が恋しくて街の中を歩いたが、昔の面影はなく、日曜日なのに観光客の姿はまばらです。 松川浦は東日本大震災の後、2021年と2022年に震度6強の地震に見舞われている。地獄のようである。松川浦が震災から復興し、再び「浜焼き」の匂いと賑わいが戻ってくることを陰ながら祈っています。 |
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松川造船
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松川造船は「ホテルみなとや」から徒歩2分。小型船舶の製造や修理をする造船所です。道路を横切る錆びたレール。このレールがどのように使われるのか気になります。新造船の進水式の動画を観てみましょう。大漁旗をはためかせ、新造船がレールを滑って海へ出る様子が映っています。躍動的な音楽が流れ、美しい映像が映し出される感動的な動画です。
第三恵永丸 進水式 英雄の証←ここをクリック・タップすると進水式の空撮動画が映し出されます |
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川口稲荷神社
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川口稲荷神社は松川造船のすぐそば、道路脇の高台に祀られています。狭くて急な階段を登ると、赤い鳥居とお堂に着きます。この階段は距離は短いですが、目眩がしそうな急階段です。
40年ほど前、浜焼きの焼ガレイをテイクアウトし、石段に座って食べた記憶がありますが、あの頃とは周囲の景観がすっかり変わってしまったようです。 |
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松川浦大橋
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川口稲荷神社の次は、全長520mの松川浦大橋を渡り、カゲスカ海岸と鵜ノ尾岬を目指して歩きます。松川浦大橋は斜めに張ったケーブルで支えられた斜張橋。デザインが美しいので観光スポットになっています。夜にホテルから眺めると、橋がライトアップされていました。
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松川浦新漁港
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松川浦大橋の上から新漁港を見おろしました。松川浦漁港は漁獲量、漁獲高ともに福島県一を誇る漁港です。浦内の港だけでは狭くなり、外洋側にも新しい港が造られました。松川浦はバイクツーリングで訪れる人も多いようで、港の一角にバイクが40台ほどズラリ並んでいました。
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カゲスカ海岸と鵜ノ尾岬
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松川浦新漁港と鵜ノ尾岬の間に広がる海岸はカゲスカ海岸と呼ばれています。推測ですが、漢字で書くと「影須賀」または「陰須賀」になるのかな?
カゲスカ海岸は美しい海岸ですが、この日は波も荒く、鵜ノ尾埼灯台は、補修工事とやらで足場のようなもので囲われていました。鵜ノ尾埼灯台は2年前にも訪問しているので、今回は海岸から眺めるだけで寄らずに帰ります。 |
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街歩き
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カゲスカ海岸から松川浦大橋を渡り、松川浦の街に戻ってきました。松川浦の街は藩政時代の尾浜(おばま)村と原釜(はらがま)村にまたがって形成されたので、どこからどこまでが尾浜で原釜なのかは分かりにくい。
おや、福寿会のお姉さんたちも街歩きをしているではないか。この辺りは尾浜だな。滅多にない機会なので、3人並んで記念写真を撮りましょね。 |
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夕食懇親会
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夕方6時から2階の宴会場で夕食および懇親会。コロナ禍で自粛していたので、このように大勢での派手な宴会は久しぶり。会長の十八番、石原裕次郎の♪「サヨナラ横浜」を皮切りにカラオケ開始。コロナ禍前の昔が戻ってきたようです。
思えば、福寿会のメンバーもだいぶ入れ替わったものだ。私が入会した当時は、昭和1桁生まれの人たちが健在で頑張っていたが、1人を残して引退され、今では戦後生まれの会員が半数を占めている。 |
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朝日を浴びる松川浦
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翌日の朝、ホテルの屋上から松川浦を眺めました。わ〜、きれいだ。天気は快晴。朝日に照らされて船群が輝いている。天気が良いと、それだけで得した気分になりますね。今日は何か良いことがありそうな予感がします。
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おはようございます
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昨夜はぐっすり眠れたでしょうか。朝飯も食ったし、薬も飲んだし、あとは「浜の駅松川浦」に寄って帰るだけです。9時出発ですよ、忘れ物がないように〜。各部屋を声がけして回ると添乗員になった気分。ホテル「みなとや」から「浜の駅松川浦」へは1km足らず。2分もあれば到着します。
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浜の駅「松川浦」
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松川浦に来ると相馬復興市民市場(愛称:浜の駅松川浦)に立ち寄るのが定番になりました。ここは松川浦で一番の人気スポットです。9時に開店したばかりで静かですが、昨日の日曜日は大勢の人で賑わったことでしょう。
浜の駅松川浦は津波被害と原子力発電所の事故で風評被害を受けた松川浦の復興のシンボル。2020年10月にオープンした期待の星です。頑張れ浜の駅! |
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原釜尾浜海水浴場
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浜の駅松川浦を出発するは9時40分です。みんなが浜の駅松川浦で買い物をしている間に、原釜尾浜海水浴場を散策してきました。秋の浜辺には誰もいません。あの大津波に耐えて残った三角屋根の監視塔が、ぽつんと青空の下に佇んでいました。
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道の駅「かくだ」
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9時40分、浜の駅松川浦を出発。あとは金ヶ瀬へ帰るだけ。県道38号相馬亘理線をひた走る。この道路は震災後に整備された道路で、ものすごく立派。まるで高速道路みたいだが、沿道の集落はことごとく津波に流され消滅しています。
角田山元トンネルを抜けて角田市へ進入。「道の駅かくだ」に立ち寄り小休憩。この道の駅は意外と健闘している。令和4年観光統計による宮城県内の道の駅来場者数は、大崎市「あ・ら・伊達な道の駅」、石巻市「道の駅・上品の郷」に次いで第3位。バスは「道の駅かくだ」を10時30分に発車。無事、金ヶ瀬に帰着しました。 |
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