地理と地域旅行記 写真
制作:千本桜 歌麿
旅行:2024年10月
文:2025年1月
公開:2025年2月5日
E-mail:tiritotiiki@gmail.com

 2024年10月、米沢・長井方面へ1泊2日の旅行をした。当ページは、その1日目の記録である。高速道路を走って米沢へ。米沢では上杉神社などを観光し、料亭の吉亭(よしてい)で昼食。午後はロープウェイで天元台(てんげんだい)へ登って高原を散策。白布(しらぶ)温泉の中屋別館不動閣に宿泊した。
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道の駅ふくしま
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 米沢に向かう道すがら、道の駅「ふくしま」に立ち寄った。2年前にオープンしたばかりで、まだピカピカのニューフェース。福島大笹生(おおざそう)インターに隣接し、フルーツラインにも面している。吾妻連峰を見渡せる位置にあり、福島県内では最大規模の道の駅なんだとか。


米沢 市街図
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 明治22年4月1日、日本で最初の市が誕生。そのとき誕生したのは大阪市・京都市など31市。そうそうたる顔ぶれだが、なんと米沢市もその中に入っている。米沢は青森や福島より早く市になったが、その後の発展はかんばしくなく、どこか孤高で哀愁をおびたイメージがつきまとう。何度か訪問しているが、今回は上杉城史苑→松岬神社→上杉神社→上杉伯爵邸→伝国の杜→吉亭→東光の酒蔵の順に回った。


米沢 松が岬公園
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 米沢の中心部に広がる松が岬(まつがさき)公園。ここには上杉城史苑・松岬神社・上杉神社・上杉伯爵邸・伝国の杜などの観光施設が集まっている。令和5年度の調査によると、松が岬公園の観光客数は山寺や羽黒山をしのいで県内トップクラス。おまつり広場駐車場に車をとめて松が岬公園を歩いてみた。


米沢 上杉城史苑
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 松が岬公園の上杉城史苑は、おみやげ売場やレストランのある観光施設。まだ上杉神社の参拝を済ませていないが、先におみやげ売場を見て回る。
 米沢で有名なのは米沢牛かな? 松阪牛・神戸牛・近江牛・米沢牛の4つが日本三大和牛なんだとか。4つあるのに三大とはこれいかに。米沢周辺には道の駅がいくつもあるので買物には事欠かないが、みやげ品の品揃えは上杉城史苑が最も充実しているようだ。


米沢 上杉鷹山と松岬神社
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 上杉城史苑の隣に上杉鷹山(うえすぎようざん)公の像と松岬(まつがさき)神社がある。上杉鷹山は第9代米沢藩主で、「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」の名言を残し、今も多くの人に慕われる名君だ。
 その上杉鷹山をはじめ、初代米沢藩主の上杉景勝、家老の直江兼続などを祀っているのが松岬神社だ。松岬神社は上杉神社に付属する摂社である。


米沢 上杉神社
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 上杉神社は米沢を代表する観光スポットで、この日も大勢の参拝客でにぎわっていた。県道2号から上杉神社へ一直線に伸びる石畳の通路は凛として美しく、その先には舞鶴橋が構えている。
 舞鶴橋は米沢城のお堀にかけられたアーチ式の石橋で、橋名は米沢城の別称「舞鶴城」に由来する。お堀では鯉が泳ぎ、橋の袂ではハトたちが餌をついばみ、上杉謙信が用いた「毘」と「龍」の旗がはためいていた。
 舞鶴橋を渡り、一の鳥居・二の鳥居をくぐって神門へ。その先に上杉神社の本殿が待っている。祭神は、あの上杉謙信。宝物殿の稽照殿(けいしょうでん)には上杉家ゆかりの甲冑などが展示してあり、戦国武将や歴史好きな人には、たまらなく魅力的な神社である。


米沢 伊達政宗
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 米沢はかつて伊達家の領地で、伊達政宗もこの米沢城で生まれている。24歳まで米沢で過ごしたというから、米沢は政宗にとって思い出深い故郷なのだろう。上杉神社の参道に「伊達政宗公生誕の地」の碑が立っている。上杉家に囲まれて、政宗はちょっと肩身がせまいかな。


米沢 菱門橋
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 上杉神社の次は南参道を通って菱門橋(ひしもんばし)へ。表参道と違って南参道は静かな細道。少し奥まった所に春日神社が祀られているが、ここまで足を運ぶ観光客は少ないようだ。
 菱門橋は米沢城のお堀に架かる赤い橋。表参道の舞鶴橋は観光客で賑わっていたが、この橋には誰もいない。菱門橋から上杉伯爵邸へ向かって歩いた。左側はお堀で右側には白壁の塀が続く。いかにも城下町らしい風景である。


米沢 上杉伯爵邸(上杉記念館)
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 菱門橋から徒歩2分で上杉伯爵邸(別名:上杉記念館)に到着。米沢には何度か来ているが、上杉伯爵邸を訪れるのは初めてである。大きくて立派な門構え。門の脇にはカフェもある。
 上杉伯爵邸は明治29年に建てられたが、大正8年の米沢大火で焼失。その後、大正14年に、銅板葦き、総ヒノキの入母屋づくりの建物が完成し、現在の姿になった。
 門をくぐって敷地内に入ると、大きな玄関幕を張った立派な建物が出迎えてくれる。玄関幕の家紋は「竹に雀」だから上杉家の家紋だろう。まるで時代劇のセットのような佇まいだ。
 伯爵邸は現在、郷土料理などを提供する料亭となっている。広大な屋敷に総ヒノキの家屋と美しい庭園。庭木の雪囲いも芸術的。伯爵とはいえ、これが個人宅だったというから驚き! 上杉伯爵邸は国の登録有形文化財に登録され、館内も庭園も無料で公開されている。庭園は24時間出入り自由だそうだ。


米沢 伝国の杜
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 伝国の杜は文化ホールと博物館の複合施設で、平成13年にオープン。開放感のある広い敷地と近代的デザインの建物が印象的だ。博物館には国宝の上杉本洛中洛外図屏風など貴重な文化財が収蔵されているが、いつも外観を観るだけで入館したことがない。今回も入館しないまま、次の目的地「吉亭」へ向かった。


米沢 食事処「吉亭」
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 昼めしは米沢牛を食べましょう。「ちょっと値が張りますがいいですか」と聞くと、同行者も太っ腹になっていて「いいよ」と軽く二つ返事。上杉神社から500mほど離れた山懐料理の吉亭(よしてい)へ車を走らせる。
 吉亭は今は料亭になっているが、もとは米沢織の織元だった。店の入口からして高級感が漂う。大きくて立派な母屋は国の登録有形文化財。庭も美しく手入れしてある。文化財の建物で米沢牛のランチ。たまにはこんな贅沢もいいだろう。
 玄関の引き戸を開けて入店すると畳敷きの大広間。部屋の中央には囲炉裏と自在鉤。この部屋は団体客用かな。私たちが通されたのは、奥にある椅子テーブルの部屋。和洋折衷で大正時代を思わせるアンティークな感じの部屋だった。


米沢 東光の酒蔵
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 ランチのあとは吉亭から車で2分の「東光の酒蔵」へ。東光の酒蔵は東北最大級の酒造資料館だとか。有料で内部見学できるが、今回は売店コーナーをひやかすだけにした。もともと下戸なので酒のことがさっぱりわからない。
 醸造元の小嶋総本店は歩いて数分の所にあるが、安土桃山時代の創業だとか。アメリカ合衆国の建国より歴史が古いのだ。こんなことトランプ大統領にはわかるまい。


天元台高原ロープウェイ
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 米沢市内を観光したあとは天元台へ。天元台は吾妻連峰の最高峰・西吾妻山の中腹に広がる高原だ。天元台へ行くのは初めてで、カーナビがないから心配。とにかく県道2号を猪苗代方面へ向かって走った。
 船坂トンネルを通り抜け、白布温泉を通過し、天元台高原ロープウェイの湯元駅に無事到着。米沢市内から湯元駅までは約20km。30分のドライブだった。
 湯元駅から天元台高原駅までロープウェイで6分間の空中遊覧。山は黄・橙・赤に色づいて紅葉の真っ盛り。絶好の旅行日和に恵まれて幸運だった。
 あんな山奥の谷間にぽっんと一軒家。あれは何と尋ねると、新高湯温泉だという。あれが新高湯温泉か。聞きしにまさる秘境だな。吾妻連峰の山中には大平温泉・姥湯温泉・滑川温泉など、もっと凄い秘境の秘湯があるらしい。


天元台高原駅
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 ロープウェイの天元台高原駅は、国土地理院の地図で計測すると標高1,314m。目の前にゆるやかな台地が広がっている。この地形なら高齢者でも楽に散策できそうだ。
 駅前には白猿の長名水。長命水は甘くて美味しいらしいが、飲んでいないので何とも言えない。白猿は純白のニホンザルで米沢市の天然記念物。白猿に出会うと幸運に恵まれるそうだ。


天元台 パノラマ展望台
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 観光客はパノラマ展望台を目ざして歩い行く。私もつられて歩いて行く。木製デッキのパノラマ展望台に到着。時刻は午後2時30分。残念だが逆光で景色が霞んでいる。
 あそこが米沢、あっちが長井。あれが朝日連峰で向こうが月山。こうして、頭の中の地図と目の前の風景を重ねてみるのは楽しい。米沢の市街地が思ったより小さくみえる。青森や福島より先に市制施行した都市なのに……。


天元台 火焔の滝
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 同行者がパノラマ展望台にいる間に、一人で火焔の滝展望台へ行ってみた。「火焔」は「ひのほえ」と読む。展望台に立つと、谷の向こうに落差40mの滝が見えた。火焔という滝名は、秋の夕日が滝に当たると炎が燃え上がるような姿になることに由来するらしい。
 火焔の滝は深い山の中。あの谷のドン底に、車ではたどりつけない一軒宿の大平(おおだいら)温泉がある。訪れる機会はないだろうが、まさに秘湯中の秘湯である。


天元台高原スキー場
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 火焔の滝展望台から天元台高原スキー場へ。3本のリフトを乗り継いで北望台まで登れるが、夏季のリフト運行は10月なかばで終了している。ゲレンデも雪が積もればスキー客でに賑わうが今は寂しい。
 ゲレンデの後方に見える山は西吾妻山かな? それとも中大嶺だろうか? 西吾妻山ならもっと遠くに見えるはずだし、やっぱり中大嶺かもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、退屈している暇はない。


白布温泉 地図
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 遠い昔、ガイドブックを見て白布温泉に憧れた。茅葺屋根の東屋・中屋・西屋が寄り添って立っていたのだ。あの建物が今も残っていたなら文化財ものだろう。しかし平成12年の火災で東屋と中屋が全焼。その後、東屋は新築し、中屋は離れた場所の別館不動閣で営業を継続。茅葺屋根は西屋だけとなった。
 ひなびた温泉場に憧れて行ってみたら、本当にひなびていてガッカリしたという話を聞いたことがある。白布温泉は大丈夫かな? 白布温泉に泊まるのは初めてだ。粗末なボロ旅館だったらどうしょう。不安を消せないまま、中屋別館不動閣を予約した。


白布温泉 中屋別館不動閣
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 天元台から白布温泉へ。時刻は15時30分を回ったばかり。ちょっと早いが、中屋別館不動閣にチェックイン。玄関を入ると目の前にレトロな茶の間。なんだか不思議なムードが漂っている。
 茶の間の隣は昭和でストップしたようなロビー。なんとカラオケセットがあるのだ。ここでカラオケする人いるのかな。防音対策をしていないだろうから、そこらじゅうに歌声が響き渡ってしまいそう。
 その奥には簡素なカフェ。窓の外には大樽川が流れている。玄関・廊下・ロビー、どれも古くて宿選び失敗かと思ったが、私たちが案内された部屋は予想以上に新しくて清潔だった。


白布温泉 中屋別館館内めぐり
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 中屋別館不動閣は、あちこちに階段があり通路も迷路状態。大正時代の建物を移築再生した不動閣に、昭和に建てられた渓谷館と平成に建てられた黎明館をつなぎ合わせているからだ。
 私たちの部屋は黎明館で居心地はいいが、部屋に閉じこもっていては面白くない。迷路に探検心をくすぐられ、館内めぐりスタートだ。
 館内で一番古い不動閣を探索。もとは立派な建物のようだが古くなっている。廊下や階段は大正ロマンあふれるレッドカーペット。でもメンテナンスをあきらめたのか激しく傷んでいる。
 階段の先には、何かが出そうな暗闇の空間が……。明かりがついていないのが不気味。あそこに何があるんだろう。たぶん、使われなくなった古い客室があるのだろうが怖くて行けない!


白布温泉 中屋別館夕食
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 夕食は食事処の「あづま」で。やはり迷路のような階段を降りてゆくが、大きな旅館ではないから迷わない。食事処はきれいで快適。客筋は2、3人の家族づれが多いようだが、中には一人の客も。この中屋別館は一人客も受け入れてくれるので良心的。
 メニューは鯉の洗いに松茸の茶碗蒸し・米沢牛・いも煮など、いろいろあって美味しかった。宿泊料金が安いのに、こんなにご馳走になっていいのだろうか。


白布温泉 中屋別館オリンピック聖火台
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 館内でオリンピックの聖火台に出くわした。なんでここに聖火台なんだ。昭和39年、東京オリンピックの聖火が山形県を通過する際に、県庁のバルコニーに据え付けられた聖火台という。どうやら、この聖火台は白布温泉から切り出した石で作られたのが縁らしい。


白布温泉 中屋別館オリンピック風呂
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 中屋別館不動閣の名物は、昭和39年東京オリンピックの年に造られた オリンピック風呂。幅は狭いが長さがすごい。男湯18m、女湯15m。旅館規模に対して大きすぎる浴槽だ。ほかに入浴客がいないので泳いでみようか。でも、体を動かすと沈殿していた湯花が浮き上がってくる。湯花は体に良いが、気持ちが悪いので泳ぐのをやめた。


白布温泉 中屋別館露天風呂
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 中屋別館不動閣には、オリンピック風呂のほかに屋根付きの露天風呂もある。風呂の外は大樽川の渓谷。石鹸は使えず入浴するだけの風呂だが、ほかに誰もいないので鼻唄など歌ってのんびりと。明日はこの旅で一番の目的地、長井ダムの奥に眠る秘境「三淵渓谷」へ行くのだ。

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