地理と地域旅行記 写真
制作:千本桜 歌麿
旅行:2024年11月
文:2025年9月
公開:2025年9月17日
E-mail:tiritotiiki@gmail.com

 2024年11月、仙台駅東口発のバスに乗り、志津川・登米(とよま)方面へ1泊2日の旅に出た。バスは南三陸ホテル観洋の観光付無料シャトルバス。バス代が無料で、さらに道の駅「津山」・柳津虚空蔵尊・登米に停車して観光を楽しめるから、お得なプランである。同行者は旧友SN君。今回の旅行は、計画から手続きまで全部SN君がしてくれたので大助かり。ありがとうSN君。
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旅行1日目 ホテル観洋
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 13時30分、仙台駅東口から無料バスに乗り、南三陸ホテル観洋へ。午後3時過ぎホテルに到着。フロントには宿泊手続きをする客が列を作って並んでいる。手続きはSN君に任せ、私は広々したロビーから志津川湾を眺めていた。
 南三陸ホテル観洋は1,300人が泊まれる大規模な観光ホテルだ。八戸から石巻まで、約250kmにおよぶ三陸復興国立公園では一番大きなホテルだろう。
 ホテルは10階建てで、玄関ロビーは5階にある。ロビーラウンジは開放的で志津川湾が丸ごと見える。あれが荒島で、あれは椿島かな……。海は穏やかで、大津波が襲ってきたことが嘘のよう。


ホテル観洋 館内めぐり
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 ホテル観洋は大旅館だからお風呂も大きい。地下2千mから湧き出る天然温泉なんだとか。夕食は海の幸がいろいろ。高級料理ではないが、激安価格で宿泊しているのだから、これで満足。
 夕食のあとは館内めぐり。なにか面白いものはないかと、館内を観察して歩くのも観光のうちである。遠くに見える志津川の街灯りは寂しいが、館内の照明はキラキラ輝いてゴージャス。三陸の観光を牽引するホテル観洋、ガンバレ!


旅行2日目 ホテル観洋
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 朝6時、天気は曇りで海は鈍く光っている。志津川湾はギンザケ養殖の発祥地。ほかにもワカメ・ホヤ・ホタテ・カキなど、いろいろ養殖しているそうだ。
 小舟で漁をする老夫婦。小舟にウミネコが寄っていく。ウミネコは部屋の窓にも寄ってきた。内陸に住んでいると見かけないが、ここではいつもの光景なのだろう。ウミネコはかわいいイメージもあるが、近くで見ると鋭い目つきをしている。
 朝食は1,000人収容できるコンベンションホールでバイキング。辺りを見回すと高齢者ばっかり。たぶん遠くから来ている人も多いだろう。人生黄昏なのに、みんな元気だな。チェックアウトは10時の予定。それまで館内でゆっくりしょう。


ホテル観洋 チェックアウト
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 10時前にチェックアウト。玄関前でカメラを構えていると、ドアガールのお姉さんが「写真を撮ってあげましょうか」と声をかけてきた。なるべく若く写るようにポーズをとったが、結果はこのとおり。このあとは10時15分発の無料バスに乗って道の駅「津山」へ向かった。


道の駅「津山」
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 ホテルの無料バスは国道45号を走って道の駅「津山」(愛称:もくもくランド)に到着。ここで20分の休憩。駐車場も屋内も閑散としている。三陸自動車道が開通して国道45号の交通量が減少。道の駅「津山」を訪れる人も少なくなっているのだろう。
 令和5年度、宮城県の「道の駅」観光客数は、1位「あ・ら・伊達な道の駅」、2位「上品の郷」、3位「かくだ」の順で、「津山」は9位だった。


柳津虚空蔵尊 参道
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 道の駅「津山」から石巻方面へ向かって国道45号を走行。4kmほど走ると左手に柳津虚空蔵尊の看板が見えきた。左折すると目前に赤い大鳥居が現れる。この大鳥居、木造の鳥居としては東北最大なんだとか。
 しかし、柳津虚空蔵尊はもっと先にある。バスは赤い大鳥居の下を通り抜け、500mほど走って虚空蔵尊に到着した。同乗者たちは参道を通らずに境内へ直行していくが、参道を通るのが筋じゃないのかな。
 参道には杉木立が立ち並ぶ。虚空蔵尊は宝性院(ほうしょういん)というお寺なのに鳥居が建っている。しかも石造りの大きな鳥居だ。山門をくぐって本堂の建つ境内に入ろう。


柳津虚空蔵尊 境内
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 柳津虚空蔵尊は福島県会津の柳津虚空蔵尊と混同されがちだが、こちらは宮城県登米市の柳津虚空蔵尊である。境内には参拝客の姿もちらほら。でも、ほとんどが同じ無料バスに乗ってきた観光客のようだ。
 まず、本堂に参拝。本堂は江戸末期に建築され、昭和54年に銅板屋根に葺き替えられている。虚空蔵尊は丑年と寅年の守り本尊で、寺務所の前に「なで丑」と「なで寅」が置かれている。
 「なで丑」を撫でれば家内安全・商売繁盛・如意吉祥のご利益があるそうだ。私は丑年。まだコロナが心配だが「なで丑」をナデナデしてみた。


柳津虚空蔵尊 花手水と和傘飾り
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 最近は花手水(はなちょうず)で「おもてなし」をしてくれる神社やお寺が多くなったように感じる。柳津虚空蔵尊にも花手水があった。手水鉢に花を浮かべた花手水は写真映えするので、撮影スポットとして注目を集めているのだとか。
 カラフルな和傘の飾りも目についた。竹林に提灯と和傘の組み合わせは日本情緒が感じられてフォトジェニック。提灯の下を歩くことができるので、見栄えのする写真が撮れるだろう。インスタグラムなどに投稿したい人におすすめしたいスポットである。


柳津虚空蔵尊 お寺cafe夢想庵
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 そろそろバスの出発時刻が迫ってきた。「お寺cafe夢想庵」というカフェの前を通ったが、時間がないので入店せずに外観だけ撮影。この店は江戸時代に建てられた旧庫裏を改装してオープンしたそうだ。
 短い滞在時間だったが、秋景色の柳津虚空蔵尊を目に焼き付けることができた。これからいよいよ、今回の旅のメインスポットである登米(とよま)へ向かって出発だ。


登米(とよま)案内図
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 ここは登米市(とめし)の登米町(とよままち)。市名と町名で読み方が異なる変わり者。登米伊達氏の城下町で、前小路や後小路は侍町。侍町の屋敷は敷地面積が広くて、屋敷林が生い茂っている。中町・九日町・三日町は町人町。町人町の屋敷はウナギの寝床型で細長く、家屋が密集していて庭木が少ない。
 とよま観光物産センター遠山之里(とおやまのさと)を起点に、街あるきスタート。つか勇(昼食)・水沢県庁記念館・高倉勝子美術館・春蘭亭・登米懐古館・四脚門・町屋ミュージアム(外観のみ)・警察資料館・ヤマカノ醸造(外観のみ)・海老喜商店(外観のみ)・教育資料館の順に見て回った。
 明治以降の登米(とよま)は、佐沼に押されて衰退の一途を辿ってきた。登米(とめ)市の市役所も登米(とよま)ではなく佐沼に置かれている。しかし、沈丁花は枯れても芳し。小さな町なのに「なんで、この町にこれがあるの?」と思う施設がいくつかある。
 一つ目は裁判所と法務局。宮城県で裁判所と法務局の双方が置かれているのは、仙台・大河原・古川・石巻・気仙沼と登米(とよま)だけ。歴史の重みか、佐沼に移転せず、登米(とよま)に置かれ続けている珍しいケースである。
 二つ目は金融機関。登米(とよま)には七十七銀行・仙台銀行・石巻商工信用組合がある。若柳・岩出山・小牛田は登米(とよま)より大きな町だが仙台銀行がなく、岩ヶ崎には七十七銀行も仙台銀行もない。このような中で、人口4,000人の小さな町に複数の金融機関が存続しているのは不思議。
 三つ目は鰻料理店。九日町の東海亭と中町の清川は、鰻料理の有名店。たぶん、観光ついでに立ち寄る客も多いのだろうが、この規模の町で2軒の鰻店が成り立つのも珍しい。


観光物産センター「遠山之里」
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 柳津虚空蔵尊を出た無料シャトルバスは、登米(とよま)の観光物産センター「遠山之里」に到着した。「遠山之里」と書いて「とおやまのさと」と読む。ここで2時間20分の休憩。乗客は思い思いに時間を過ごすことになるが、この間に昼めしを食べ、観光スポットを巡り歩くのだから忙しい。
 SN君も私も自由に歩きたいので、別行動で2時間20分を過ごすことにした。ホテルからもらった6施設共通チケットの割引券を手に、街あるきスタートだ。


大衆食堂「つか勇」
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 遠山之里の隣にある大衆食堂「つか勇」に入店。店主らしきオジさんは出前で忙しそう。店に現れてはすぐ消える。厨房ではお姐さんがひとり、忙しそうに動き回っている。来店客はそっちのけ。水もセルフで客が注ぐ。
 いつまでも注文を取りに来ないので、大きな声で「Cセット1つ!」と注文。名物の「ミニ油麸丼」と「ミニはっと汁」のセットが運ばれてきた。
 登米発祥の薬問屋「鈴彦」のことを尋ねたが、お姐さんはあまり知らない様子。店を出るとオジさんが追いかけてきて「鈴彦は真っ直ぐ行って、あそこを曲がって……」と教えてくれた。ぶっきらぼうな店だと思っていたが、本当は親切な店だった。旅をしていると、こんな小さなことも思い出に残るよね。


前小路「武家屋敷通り」
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 観光物産センター「遠山之里」は、信号機のある十字路に面している。信号の先に白壁塀の街路が見える。江戸時代の侍町「前小路」だ。行ってみよう。
 前小路は藩政時代の武家屋敷街。市街地なのに庭木が生い茂っている。季節は秋。モミジやイチョウが色づいて美しい。こんなふうに樹木に包まれた街並はめずらしい。東北地方では秋田県の角館くらいかな。
 登米の街を歩くのは久しぶり。前小路には水沢県庁記念館・高倉勝子美術館・春蘭亭・懐古館・四脚門などの観光スポットが並んでいる。おや? 前に来た時とは雰囲気が変わっているぞ。以前は高倉勝子美術館や懐古館は無かったようだが……。
 前小路も年々変化している。案内板などの設置も進み、だいぶ観光色が濃くなったようだ。でも、電信柱と電線が城下町の雰囲気を壊しているようだ。できるなら、栗原市の若柳中町や大崎市の岩出山南町のように、電線を地下に埋めて欲しい。


水沢県庁記念館
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 登米は人口4,000人の小さな町。街並み散策に適した大きさだ。まずは前小路の入口に建つ水沢県庁記念館からスタート。岩手県の都市名「水沢」を名乗る県庁が、なぜ宮城県の登米にあるのか? この話をすると長くなるからカット。江戸・明治期の登米が、重要な地方中心地だった名残りと受け止めよう。
 登米に水沢県庁が置かれたのは明治5年〜8年までの4年間だけ。その後は小学校や裁判所として使用され、今は登米市の指定文化財「水沢県庁記念館」となっている。
 外で靴を脱いで入館。ほかに客はいない。係員は親切で、質問にも丁寧に答えてくれた。こうした施設の見学は係員に説明してもらうのがベストだ。ただ眺めていただけでは理解できないことがある。


高倉勝子美術館
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 水沢県庁記念館の次は高倉勝子美術館へ。高倉勝子美術館は道路を挟んで水沢県庁記念館の向かい側。館内は撮影禁止なので、外観だけ撮影した。展示室に入ると「漁婦」の絵に思わず立ち止まる。まるでゴーギャン! 
 日本画家の高倉さんとゴーギャンを結びつけて考えたことはなかったが、高倉さんの絵を観たらゴーギャンを思い起こす人も多いはず。高倉勝子美術館の次は武家屋敷の春蘭亭を訪問。


武家屋敷鈴木家「春蘭亭」
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 高倉勝子美術館の次は武家屋敷「春蘭亭」へ。春蘭亭は登米伊達藩の家臣・鈴木家の屋敷で、建物は200年以上も前の物だそうだ。現在は無料休憩所として整備され、囲炉裏のあるカフェとして活用されている。
 門をくぐると庭のモミジがみごとに紅葉していた。茅葺き屋根にはイチョウの落ち葉が積もっている。登米は何度か歩いているが、こんなに美しい登米を見たのは初めてだ。あ〜、秋の紅葉時に登米に来れて良かったな。
 縁側に干した干し柿は、のどかな田舎の風景。今は聞かなくなったが、昔は喧嘩して相手をののしる時に「あんぽんたんの吊るし柿」と言ったものだ。明確な意味はわからないのに、「あんぽんたんの吊るし柿」と言われると悔しかった。


登米懐古館
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 春蘭亭から登米懐古館へ。春蘭亭と懐古館は隣接していて、敷地は一体化しているように見える。懐古館は以前、250mほど離れた寺池城址の中にあったが、老朽化のため令和元年に現在地へ新築移転された。
 門をくぐると、敷きつめられた芝生と石畳の道がある。左手に古民家、正面には懐古館。美しい空間だ。設計は、あの隈研吾。懐古館には伊達家ゆかりの武具や美術品が展示してある。
 受付で「6館共通入館クーポン」を提示して入館。展示室の内部は撮影禁止だから写真は撮れない。展示室は照明が抑えられ、重厚で厳かな雰囲気。でも、少し暗すぎかな。小さい子供なら一瞬、おじけづくかもしれない。ロビーは撮影OKなので、ばっちりカメラに収めて退館した。


四脚門
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 懐古館の隣には茅葺き屋根の団子屋さん。前に来たときは、団子屋さんなど無かったようだが……。信号を渡ると十字路角に四脚門がある。説明板も立てられ、以前とは雰囲気が変わった気がする。知らないでいる間に観光整備が進んでいるようだ。前小路をさらに南下し、道路が直角に曲がる鍵曲を通って中町に出た。


町屋ミュージアム
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 前小路の鍵曲に町屋ミュージアムの看板が立っている。町屋ミュージアムは廻船問屋で財を成した菅野屋勘兵衛(かんのやかんべえ)の資料館で、菅勘資料館とも呼ばれている。だが、門は閉ざされていて入れない。後で知ったのだが、町屋ミュージアムは土・日開館。平日は不定期開館で予約が必要とのこと。予約していないので入館できず残念。菅勘資料館の主屋・文蔵蔵・穀倉は国登録有形文化財である。
 前小路を南下して中町へ。中町は県道15号古川登米線に沿った町。ここは江戸期の町人町。武家屋敷通りの前小路とは風景が違っている。どこにでもありそうな普通の街並みだが、立派な白壁の家に遭遇。たぶん、ここが廻船問屋菅野屋勘兵衛の居宅跡と思うが、自由行動の制限時間が迫っているので、そのままスルー。


警察資料館
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 中町を東へ歩き、県重要文化財の旧登米警察署庁舎へ。旧登米警察署庁舎は明治22年に落成。白ペンキ塗りの木造建築で、2階正面にバルコニーを設置。いかにも明治!という感じのする擬洋風建築だ。何度か建物の前を歩いているが入館したことがない。せっかくのチャンスだから入ってみた。
 旧登米警察署庁舎は現在、警察資料館として一般公開されている。警察関係の資料を展示した日本唯一の施設なんだとか。係員に6館共通入館チケットを提示して入館。館内にはパトカー、白バイ、その他いろいろ展示してある。明治時代の留置場も再現されていた。あぁ、時間がない。先へ急がなければ。


九日町・三日町
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 警察資料館前の丁字路を左に折れて北へ向かう。ここは九日町・三日町。江戸期の町人町で、登米のメインストリート。しかし、眠ったように静かだ。いきなり、廃屋のような「しもたや」が目に飛び込んできた。建物は古いが洋風でモダンな建築。岩淵呉服店の文字が見える。繁盛していた頃は、近隣の柳津町や吉田村からも客を集めて賑わっていたのだろう。
 登米はレトロで郷愁を誘う町だが、異なる一面もある。九日町の中央通り角に、郵便局、仙台銀行、七十七銀行が並んで建っている。この景観、人口4,000人の町としては立派で天晴れ! 衰退したとはいえ、まだかすかに中心性が残っている証しだろう。ただ、人がいないのが寂しいだけ。


鈴彦・ヤマカノ醸造
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 九日町・三日町は登米の中心街。その九日町に「鈴彦」の看板を掲げた蔵造りの重厚な建物がある。鈴彦は登米に本店を置き、宮城県内に根を張る医薬品の卸売会社だった。小さな町に大きな医薬品卸会社が立地しているのが不思議で、私は登米と聞けば鈴彦を連想するようになっていた。鈴彦の現社名はバイタルネット。東北地方では最大手の医薬品卸会社だろう。ただし、本社は仙台へ移転している。
 「鈴彦」の看板を掲げているが、玄関のガラス戸には「ヤマカノ醸造」と書いてある。ヤマカノ醸造は、鈴彦が味噌・醤油醸造部門を分離して設立した会社。ヤマカノ醸造の商蔵や表門は国登録有形文化財となっている。公開か非公開かわからず、時間もないので外観だけ拝見。三日町の味噌醤油の醸造店「海老喜」も国登録有形文化財だが、外観だけ観て旧登米高等尋常小学校校舎へ急いだ。


教育資料館
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 登米の街めぐり。締めくくりは旧登米高等尋常小学校校舎だ。なにしろ登米で唯一の国指定重要文化財である。外すわけにはいかない。旧登米高等尋常小学校校舎は明治21年の建築で和洋折衷の木造2階建て。昭和56年、国の重要文化財に指定され、現在は「教育資料館」として公開されている。
 教育資料館の見学には1時間ほしいが、それを10分で切り上げる荒業みたいなスケジュール。これって、観光したことになるのかな? 無料シャトルバスの出発時刻が迫っている。SN君はジリジリ心配しながら待っていることだろう。教育資料館とバスが待つ遠山之里は隣り合わせ。なんとか滑り込みセーフ。バスは仙台駅に向かって発車した。

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