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2025年10月、老人クラブ「金ヶ瀬上町福寿会(かながせかみまちふくじゅかい)」は、山形県の瀬見(せみ)温泉方面へ1泊2日で研修旅行を実施しました。参加者は男12名、女4名で計16名。交通手段は旅館の送迎バス。宿泊先は瀬見温泉で最も大きな旅館「観松館」でした。旅行コースは、金ヶ瀬→山形蔵王PA(トイレ休憩)→瀬見温泉(宿泊)→封人の家(見学)→あ・ら・伊達な道の駅(買い物)→金ヶ瀬です。
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瀬見温泉へ
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10月17日13時、晴れ。観松館の送迎バスは会員を乗せて金ヶ瀬を出発。村田JCTから山形自動車道に入り、笹谷トンネルをくぐって山形県へ。山形蔵王PAでトイレ休憩。山形JCTより先は東北中央自動車道を走行。左手には月山がどっしり構えているのだが、山頂部は雲に隠れている。尾花沢北ICで一般道に降り、瀬見温泉へ向かった。
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瀬見温泉マップ
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15時20分、瀬見温泉に到着。最上川の支流、小国川沿いの小さな平地に開けた山間の温泉場である。瀬見温泉は、源義経らが頼朝の追討を逃れて平泉に落ち延びる時に、弁慶が岩陰に瀬見という薙刀を突いて発見したと言われている。昔は12軒の旅館が軒を並べていたが、現在も営業しているのは、観松館、喜至楼、ほてい屋、小川屋、まごろくの5館だけである。
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観松館の外観
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今夜の旅館は、瀬見温泉で最大規模の観松館。最大とは言うものの客室58室、収容人数250名だから、秋保温泉の巨大旅館、佐勘やニュー水戸屋の3分の1程度の規模である。それでも、瀬見温泉では威容を誇る。平成14年には天皇、皇后両陛下、平成16年には秋篠宮殿下、妃殿下が宿泊。皇族が宿泊した旅館は、箔がついて格式がアップするようだ。
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観松館の内観
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瀬見温泉に宿泊するのは2度目だが、観松館に泊まるのは初めてだ。15時25分、チェックイン。広いロビーにゆったりしたラウンジ。売店、カラオケルーム、ミニギャラリーなどもあって、予想していた以上に立派。ラウンジの外には日本庭園もある。部屋は4部屋確保。早速、安着祝い、そして入浴。私は旅館を抜け出して温泉街へ出かけた。
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夕食
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18時から2階の宴会場で夕食、そして宴会。夕食は紅鮭ミルフィーユ、豚の味噌すき焼き、カリフラワーのポタージュ、胡麻ダレぶっかけ蕎麦などいろいろ。ご飯はもちろん山形県産米の「はえぬき」。「名残り鮎の化粧焼き」は見栄えも良くて美味しかった。瀬見温泉を流れる小国川は、鮎が釣れることで有名なのだ。
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薬研湯
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翌日の朝食はバイキング。チェックアウトは12時30分の予定だから、出発までだいぶ間がある。自由時間を利用して温泉街を散策。まず、観松館のすぐそば、小国川の川岸に湯けむりを上げる薬研湯へ行ってみた。一見、露天風呂に見えるが入浴はできない。弁慶が薙刀で岩を砕いたところ温泉が湧き出てきたらしいが、ホントかな?
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せみの湯
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せみの湯は無人営業の共同浴場で入浴料は400円。内湯、ふかし湯、露天風呂のほか、無料の足湯もある。足湯の湯口に卵が20個ほど。誰かが温泉卵を作っているのだろう。せみの湯のHPには「温泉卵の出来上がりは、だいたい1時間くらいです。その間ゆっくり温泉をお楽しみください」と書いてあるが、こんなふうに置きっ放しにして盗まれたりしないのだろうか。
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湯前神社
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せみの湯の道路向かいに湯前神社がある。湯前神社の祭神は薬師如来と不動明王。神社なのに仏様を祀っている。神仏習合しているようで、建物も社殿ではなく本堂と呼ばれているようだ。階段の脇には飲泉所があり、温泉が流れ出ている。飲泉なので飲んでみたが、もともと味には無頓着。どんな味か覚えていない。
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喜至楼本館
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湯前神社の隣に、強烈なインパクトを放す旅館がある。喜至楼だ。喜至楼は本館と別館から成り、本館玄関は明治元年、別館は大正元年に建てられた4階建ての楼閣建築である。神社仏閣のようにも見えるし、天守閣にも見える不思議な建築。豪華な造りだが、寄る年波には勝てず今はボロ宿。三橋美智也の♪「古城」が聞こえてきそうな気がする。
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喜至楼別館
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2017年の夏、喜至楼の別館に投宿している。あの時は、その古さと寂れっぷりに落胆したものである。だが、レトロ建築が好きな人には憧れの名旅館なのだ。この喜至楼こそ、山形県で一番最初の政府登録国際観光旅館だったのだ。それは高級旅館の証しだが、その後のメンテナンスが追いつかず、ボロ宿の烙印を押されてしまったのだろう。
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温泉街
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2017年に訪れた時を思い出しながら、瀬見の温泉街を歩いてみた。一見、あの時と変わっていないように見えるが、ふじ館や板橋旅館の看板がなくなり、スナックの看板もなくなっている。昔は旅館が12軒あったが、今も営業しているのは、観松館、喜至楼、ほてい屋、小川屋、まごろくの5館だけ。ほかに、寿司屋1店、酒屋2店、菓子屋1店である。
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佐藤酒造店
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佐藤酒造店は温泉街の西端に位置する古い酒屋さん。なぜか懐かしさを感じさせる佇まい。此君(このきみ)という地酒を販売している。鉤型に曲がった道を進むと歴史を感じさせる土蔵と煙突が見える。300年も前から続いた造り酒屋だそうだが、現在は酒造をしておらず、大蔵村の小屋酒造に依頼しているとのこと。秋明菊(シュウメイギク)が咲いていた。
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亀若大橋と小国川
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瀬見温泉には、朱色の欄干と金色の擬宝珠が眼を引く美しい橋がある。橋名は源義経の子、亀若丸にちなんで亀若大橋と名付けられた。下を流れるのは小国川。亀若大橋から温泉街を眺めてみた。旅館や商店がぎっしり立ち並んでいるが、半数は廃業している。写真左端の建物が観松館。川から湯けむりを上げているのが薬研湯である。
| ん
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昼食
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温泉街の散策を終えて観松館へ戻る。今回の宿泊プランは1泊3食付き。観松館で昼ごはんを食べてからチェックアウトする。11時30分から広間で昼食。鶏そぼろ重。老人クラブには手頃な量で美味しかった。12時30分、会計を済ませて玄関前に全員集合。ここで記念撮影。会員の皆さんも歳を重ね、味のある顔になっていますね。
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封人の家
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観松館から国道47号を東へ走行して21km。左手に茅葺き屋根の大きな家屋が見えてきた。国の重要文化財「旧有路家住宅」だ。ここで全員集合の記念撮影。有路家は江戸期に堺田村の庄屋を務めた家で、松尾芭蕉も宿泊している。有路家は封人(国境を守る役人)だったようで、封人の家(ほうじんのいえ)と呼ばれている。
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帰路
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封人の家から国道47号を走り、鳴子温泉を通過して「あ・ら・伊達な道の駅」へ。この道の駅は集客力が絶大で、いつも賑わっている。この日は土曜日とあって特に混雑していた。お土産を買うのにレジで行列。写真を撮っている暇はなかった。道の駅から古川ICへ。あとは東北自動車道を走り、村田経由で金ヶ瀬へ帰るだけです。
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