地理と地域旅行記 写真
制作:千本桜 歌麿
旅行:2025年10月
文:2025年10月
公開:2025年10月31日
E-mail:tiritotiiki@gmail.com

 2025年10月、老人クラブ「金ヶ瀬上町福寿会(かながせかみまちふくじゅかい)」は、山形県の瀬見(せみ)温泉方面へ1泊2日で研修旅行を実施しました。参加者は男12名、女4名で計16名。交通手段は旅館の送迎バス。宿泊先は瀬見温泉で最も大きな旅館「観松館」でした。
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瀬見温泉へ
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 10月17日13時、晴れ。観松館の送迎バスは会員を乗せて金ヶ瀬を出発。村田ジャンクションから山形自動車道に入り、笹谷トンネルをくぐって山形県へ。山形蔵王パーキングエリアでトイレ休憩。山形ジャンクションより先は東北中央自動車道を走行。左手には月山がどっしり構えているのだが、山頂部は雲に隠れている。バスは天童・東根・村山を通過。尾花沢北インターで一般道に降り、瀬見温泉へ向かった。


瀬見温泉マップ
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 15時20分、瀬見温泉に到着。最上川の支流、小国川沿いの小さな平地に開けた山間の温泉場である。瀬見温泉は、源義経たちが平泉に落ち延びる時に、弁慶が岩陰に瀬見という薙刀を突いて発見したと言われている。昔は12軒の旅館が軒を並べていたが、今も営業しているのは観松館・喜至楼・ほてい屋・小川屋・まごろくの5館だけである。


観松館 外観
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 今夜の旅館は瀬見温泉で最大規模を誇る観松館だ。最大とは言うものの客室58室、収容人数250名だから、秋保温泉の巨大旅館「ニュー水戸屋」や「佐勘」の3分の1程度の規模である。それでも瀬見温泉では威容を誇る。
 平成14年には天皇・皇后両陛下が宿泊され、平成16年には秋篠宮殿下・妃殿下が宿泊している。旅館やホテルは格式を重んじる風潮があり、皇族が宿泊した旅館は箔がついて格式がアップするようだ。


観松館 内観
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 瀬見温泉に宿泊するのは2度目だが、観松館に泊まるのは初めてだ。15時25分にチェックイン。広いロビーにゆったりしたラウンジ。売店・カラオケルーム・ミニギャラリーなどもあり、予想していた以上に立派。ラウンジの外には日本庭園もある。
 部屋は4部屋確保。早速、それぞれの部屋で安着祝い。そして入浴。夕食は18時からなので、まだまだ時間がある。私は旅館を抜け出して温泉街へ出かけた。


観松館 夕食
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 18時から2階の宴会場で夕食。はじめに白ワインで乾杯。紅鮭のミルフィーユ・海の幸三点盛り・豚の味噌すき焼き・胡麻ダレぶっかけ蕎麦など色とりどり。ご飯は山形県産米の「はえぬき」。名残り鮎の化粧焼きは見栄えも良くて美味しかった。
 瀬見温泉を流れる小国川は鮎の産地。今回は寄らずに素通りしたが、温泉の2km上流には鮎のヤナ場があり、川の駅「ヤナ茶屋もがみ」は、ちょっとした観光スポットになっている。


観松館 宴会
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 宴会のスタイルは、従来のお膳と座布団形式から椅子テーブ形式に変わってしまった。 もちろん、その方が楽だからありがたい。
 今は誰もが尻込みせずにカラオケで唄うことができる。老人クラブだから皆さん高齢者なのに、新しい歌も知っていて民謡や軍歌を唄う人はもういない。そういう人は他界してしまったのだろう。懐メロが好きで、藤山一郎や春日八郎の歌が染みついた私は、どうやら時代遅れになったようだ。


薬研湯
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 翌日の朝食はバイキング。チェックアウトは12時30分の予定だから、出発までだいぶ間がある。自由時間を利用して温泉街を歩いてみよう。 何もなさそうな温泉街だが、新たな出会いや発見があるかもしれない。
 まず、観松館のすぐそば、小国川の川岸に湯けむりを上げる薬研湯へ行ってみた。一見すると露天風呂に見えるが、風呂ではないから入浴はできない。弁慶が薙刀で岩を砕いたところ温泉が湧き出たというが、ホントかな?


共同浴場「せみの湯」
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 せみの湯は無人営業の共同浴場で入浴料は400円。内湯・ふかし湯・露天風呂のほかに無料の足湯もある。足湯には温泉卵を作るスペースがあり、卵が20個ほど温泉に浸してある。でも、人の姿は見えない。不用心じゃないか。
 せみの湯のHPには「温泉卵の出来上がりは、だいたい1時間くらいです。その間ゆっくり温泉をお楽しみください」と書いてあるが、こんなふうに置きっ放しにして盗まれたりしないのだろうか。


湯前神社
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 湯前神社は道路を挟んで「せみの湯」の向かい側。湯前神社は鳥居があるから神社だろう。それなのに、神様ではなく仏様を祀っている。神仏習合しているようで、建物も社殿ではなく本堂と呼ばれている。
 本堂の前には義経・北の方・弁慶の顔出し看板が置かれている。地味なお堂に対して派手な顔出し看板。少々違和感はあるが良しとしよう。ただ顔を出すだけ、なぜかみんなが笑ってしまうアイテムだもの。
 階段の脇には飲泉所があり、温泉が流れ出ている。飲泉なので飲んでみた。激熱と聞いていたが、それほど熱くはなかった。温泉もその日によって調子が異なるのだろう。


喜至楼 本館
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 湯前神社の隣に、強烈なインパクトを放す旅館がある。喜至楼(きしろう)だ。喜至楼は本館と別館から成り、本館玄関は明治元年、別館は大正元年に建てられた4階建ての楼閣建築である。
 神社仏閣のようにも見えるし、天守閣にも見える不思議な建築。障子や欄間など、細部にわたって手のこんだ豪華な造りだが、寄る年波には勝てず今はボロ宿。三橋美智也の♪「古城」が聞こえてきそうな気がする。


喜至楼 別館
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 2017年の夏、喜至楼の別館に投宿している。あの時は、その古さと寂れっぷりに落胆したものである。だが、レトロ建築が好きな人には憧れの名旅館なのだ。
 この喜至楼こそ山形県で一番最初の政府登録国際観光旅館だったのだ。それは高級旅館の証しだが、その後のメンテナンスが追いつかず、ボロ宿の烙印を押されてしまったのだろう。取り壊されることなく、文化財として後世に残して欲しい建築物である。


瀬見温泉の旅館
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 昔は12軒の旅館で賑わった瀬見温泉だが、旅館の廃業が相次ぎ、現在も営業しているのは観松館・喜至楼・ほてい屋・小川屋・まごろくの5館だけになった。観松館と喜至楼はそれなりに大きな旅館だが、ほてい屋・小川屋・まごろくは部屋数8〜11室、収容客数25〜40名の小規模旅館である。
 温泉街を散策していると、旅館や飲食店のことが気になる。これは、いつの間にか身に付いた習慣だから仕方ない。ほてい屋と、まごろくには明かりがついているが、小川屋には明かりがついていない様子。廃業したとは聞いていないが、どうしたのだろう……。


温泉街
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 令和6年度の山形県調査によると、観光客数が多い温泉地は1位蔵王温泉、2位かみのやま温泉、3位天童温泉、4位天童最上川温泉ゆぴあ、5位寒河江花咲か温泉ゆ〜チェリーで、瀬見温泉は35位あたりを低迷している。宿泊主体の温泉地と日帰り温泉施設をまぜこぜにした統計だが、温泉に対する観光客の動向が見えてくる。
 2017年に訪れたときを思い出しながら、瀬見の温泉街を歩いてみた。見たところ、あの時と変わっていないように思えるが、ふじ館や板橋旅館の看板がなくなり、スナックの看板もなくなっている。旅館以外で営業しているのは寿司屋1店、酒屋2店、菓子屋1店だけである。


佐藤酒造店
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 佐藤酒造店は温泉街の西端に位置する古い酒屋さんで、此君(このきみ)という地酒を販売している。なぜか懐かしさを感じさせる佇まい。鉤型に曲がった道を進むと、歴史を感じさせる土蔵と煙突が見える。
 300年も前から続いた造り酒屋だが、現在は酒造をしておらず、大蔵村の小屋酒造に依頼しているとのこと。土蔵のかたわらに秋明菊(シュウメイギク)とコルチカムが咲いていた。季節は秋の真っ盛り。


亀若大橋と小国川
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 朱色の欄干と金色の擬宝珠が目を引く亀若大橋は、瀬見温泉のランドマークだ。以前、この橋は瀬見橋と呼ばれていたが、2014年の改修工事で橋名を変更。新しい橋名は源義経の子「亀若丸」にちなんで亀若大橋と名付けられた。
 亀若大橋から温泉街を眺めてみよう。旅館や商店がぎっしり立ち並んでいるが、半数は廃業している。写真の左端に観松館と薬研湯が見える。橋の下を流れるのは、奥羽山脈より流れ出て、最上川に注ぐ小国川である。


昼食
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 そろそろ温泉街の散策をやめて観松館へ戻ろう。今回の宿泊プランは1泊3食付き。観松館で昼ごはんを食べてから退館する。11時30分から広間で昼食。鶏そぼろ重。高齢者には手ごろな量で、しかも美味しかった。あとは封人(ほうじん)の家に立ち寄りながら帰るだけ。バスは12時30分に出発予定。それまでしばし休憩。
 思えばずいぶん長い時間、観松館に滞在したものだ。15時25分にチェックインして、翌日12時30分にチェックアウトだから、計20時間以上も滞在したことになる。中には時間を持て余す人もいたが、老人クラブならではの、ゆったりしたスケジュールであった。


観松館の玄関にて
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 12時30分、会計を済ませて玄関前に全員集合。ここで記念撮影。会員の皆さんも歳を重ね、味のある顔になっていますね。 今回の旅行は、1人当たり1泊3食付きで税込13,200円。その金額で無料送迎してもらい、130kmも離れた瀬見温泉の観松館に泊まれたのだから、めでたしめでたし。


旧有路家住宅「封人の家」
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 観松館から国道47号を東へ走行して21km。左手に茅葺き屋根の大きな家屋が見えてきた。国重要文化財の旧有路家(ありじけ)住宅だ。ここで全員集合の記念撮影。有路家は江戸期に堺田村の庄屋を務めた家で、松尾芭蕉も宿泊している。有路家は封人(国境を守る役人)だったようで、封人の家(ほうじんのいえ)と呼ばれている。


帰路
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 封人の家から国道47号を走り、鳴子温泉を通過して「あ・ら・伊達な道の駅」へ。この道の駅は人気が高くていつも賑わっている。この日は土曜日とあって特に混雑していた。お土産を買うのにレジで行列。写真を撮る余裕はなかった。道の駅から古川インターへ。あとは東北自動車道を走り、村田経由で金ヶ瀬へ帰るだけ。皆さん、お疲れさまでした。

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